無配のあけおめのおはなし
もこもこの森は、さぶろうやらいぞうや、そしてみんなが、もこもこした動物になっているふしぎな森です。狐の仔のさぶろうは、おいしい狸汁になって食べられてしまったらいぞうの弟のふりをしています。らいぞうは、おいしい狸汁になって食べられてしまった狸の家族の生き残りなのです。
もこもこの森も新しい年を迎えるという時。さぶろうとらいぞうは丘で待ち合わせをした三匹を待っているのですが、ぜんぜんやって来るけはいがありません。
さぶろうは、できればらいぞうと二匹で年越ししちゃいたかったのです。ぬくぬくのねどこでぎゅっとくっついて、うとうとしながららいぞうのお腹のところに「今年もよろしくね」って言いたかったのです。さぶろうは、どちらかというと寝正月派でした。
でも、何を思ったのかはちざえもんが「朝日が出る瞬間にみんなでジャンプして、新年の最初の一秒は地球の上にいなかったって言おうぜ!」って、すごくあるあるな盛り上がりかたをしてしまいました。しかも運悪く、らいぞうもみんなも、なんとなくそれに頷いてしまったのです。それで仕方なく待っているのです。
ずっと丘の端から端まで見ていますが、向こうからやってくる耳の先やしっぽの先なんか、ちらりとも見えません。どうせ虫だの豆腐だの、追いかけているに違いありません。
さぶろうはふんと鼻息をふきました。
「ちょっと気に入らないね。悪戯すべきかもね」
「しなくてもいいんじゃないかなあ」
とらいぞうは言いましたが、ちょっと考えてから「やっぱりしようかな……」と呟きました。
さぶろうの顔がぱっと輝きました。さぶろうは嬉しくなりすぎて、斜めにぴょこぴょこ飛びました。
「しようね! らいぞうも一緒に悪戯しようね!」
らいぞうはちょっと赤くなりました。悪戯に乗り気になって、なんだかドキドキしたのです。
「でもねえ、今のところ丸いものと丸いものにしかなれないよ」
「何と何?」
「おまんじゅうとお餅」
さぶろうはちょっと考えました。
「お餅がいいね!」
「じゃあお餅」
らいぞうは近くに落ちていた葉っぱをぱっと頭に乗せてから、むにゃむにゃ言いました。するとらいぞうは、らいぞうと同じくらいの大きさのお餅になって、ぼとっと地面に落ちていました。
さぶろうは、真っ白くておいしそうならいぞう餅を見て大満足です。周りを素早く一周すると叫びました。
「いただきます!」
ぴょんと飛んでかぶりつき、やわらかいお餅のてっぺんを、うっとりした顔でもちもちやり始めました。
らいぞうは、黙ってもちもちされていました。しばらくして、元通りのらいぞうになって、むくっと起き上がりました。
「なんで?」
「あれっ、らいぞうだ」
「らいぞうだよ。らいぞう餅になるとこ見てたでしょ」
「うん、まあそれはね」
「らいぞうがお餅になって、さぶろうがそのお餅食べたら意味ないよね。一緒に悪戯しようねって言ったよね」
「そーう?」
「さっき言ったの!」
らいぞうは両手をぶんぶん振りながら叫びました。それでぷいっと向こうをむきました。さぶろうは右と左から一回づつ、らいぞうの顔をのぞきました。こそっと言いました。
「もちもちしたかったから」
「またあ? さっきね、さぶろうがすごく喜んだから僕も嬉しかったんだよ。でも、もしかしたらさぶろうはうまいこともちもちできると思っただけだったの?」
「ちょっとだけ」
「もー! 怒るよー!」
らいぞうはもう怒っています。さぶろうは正直に答えることで「せいじつさ」を証明したつもりでしたが裏目にでました。でも、さぶろうはけっしてもちもちだけが目当てでらいぞうに近づくような狐ではありません。
さぶろうはしんけんに反省しました。そして、二度とふざけたりせずに、まじめに悪戯に取り組もうと心に誓いました。
「らいぞう、ごめんね! わたしまじめにやるから、ちゃんと悪戯しようね!」
「本当?」
「うん! もう二度とふざけないで、一生懸命やるからね!」
「じゃあさぶろうお餅になってね!」
「えっ……」
さぶろうは困りました。狸の皮をかぶっていても、さぶろうは狐です。狸のらいぞうと同じ術は使えないのです。
お餅もお餅っぽいものも用意していませんでした。ですから、しかたなくさぶろうは体を張ることにしました。頭にはっぱを乗せてくるっと地面に丸まりました。きっとこれで、さぶろうはさぶろうお餅に見えているはずです。
「なったよー。どーうー?」
らいぞうの返事がありません。
「らいぞー……?」
とつぜん、さぶろうの体がぐるぐる回り始めました。
「あれっ、まわ、らいっ」
「わーーー!」
らいぞうです。らいぞうがとっても楽しそうに丸餅になったさぶろうをゴロゴロし始めたのです。大玉転がしみたいに、木の間をぬけたり、石の上を乗りこえたり。時々引っかかると、丸餅さぶろうが「いたっ」「いたいよ」と言いました。
「わーーー!」
「いた、らい、らいぞー! らっ!」
遠くまで行って、ぐるっと一周してらいぞうは満足しました。
「ふうふう。楽しかったね!」
「……」
葉っぱとか泥とか沢山ついてぼろぼろになったさぶろうは、何も言わずに立ち上がりました。
実は、さぶろうはとっても悪い狐だったのです。らいぞうの前では甘えっこしていますが、悪戯にひっかかった旅人がうんうん声をあげているところへ近寄って、倒れている背中の上で二回くらいジャンプしてから「ばーか」と言ってたーっと逃げたりできるくらい極悪でした!
今口もきけないくらい怒ったさぶろうは、頭の中でうっかり地面にべたっとなったらいぞうの背中でジャンプするところを想像してしまいました。でも結局頭の中だけでした。
さぶろうは、ぎゅっと握った小さな手をぷるぷるさせました。
「らいぞう、わたし、怒ったよ……」
「なんで?」
「二度とふざけないって言ったでしょ!」
「さぶろうがでしょー?」
「らいぞうが怒ったからそうしたの! でもまじめにやったららいぞうがわたしのことゴロゴローって! らいぞう、誰かがまじめに悪戯してる時に悪戯しちゃいけないって思わない? わたっ、らっ……もー! もう、いいよ!」
さぶろうはぷいっとやって「らいぞう、ばーか」と小さい声で言いました。らいぞうがてくてく近寄ってきて、さぶろうの顔を覗きこみました。
「聞こえてるよー」
さぶろうはぎゅっと目を閉じて、反対にらいぞうの声が聞こえなくなっちゃったふりをしました。うそっこですけどね。
「さぶろう? ……さぶろう? さぶろ……?」
うろうろしながら、らいぞうがちょっとだけ不安そうに鳴いたので、さぶろうはちらっと見ちゃいそうになりました。でも(だめだめ!)と自分に言い聞かせて思いとどまりました。
しばらくして、後ろからぐすぐすと鼻をすする音がしました。さぶろうがはっとして振り返ると、らいぞうが目と鼻をこすっていました。
スギ花粉です。さっきゴロゴロさぶろう転がしをした時、当たった杉の木から花粉が散って毛皮にくっついていたのです。らいぞうの目は今すごくかゆかゆしています。
でも、さぶろうはそうは思いません。大好きならいぞうが泣いちゃったのだと思いました。
さぶろうは勢いよくらいぞうに飛びつきました。それでさぶろうとらいぞうは、今度は二匹でころころ転がりました。
「らいぞう! 嘘だよ! わたしらいぞうのことなんでも見てるよ! らいぞうのことなんでもわかるよ!」
現時点で全部まちがっています。でも、らいぞうはそうは思いません。大好きなさぶろうが急に寂しくなっちゃったのだと思いました。
「ぼくもだよ!」
らいぞうはぎゅうぎゅうさぶろうを抱きしめました。さぶろうもぎゅうぎゅう抱きしめました。
二匹がぎゅうぎゅうやっている間に、新しいおひさまが昇りました。おひさまにてらされて、森がきらきら光っています。
それで、向こうからやってくる黒猫のへいすけの、長いしっぽが見えたのです。
「来た! みんなが来たよ!」
「おもち!」
「おもちおもち!」
はちざえもんが虫を、へいすけが夢の中の豆腐を追いかけている間にすっかり遅くなってしまいました。三匹が丘へやってくると、新しいおひさまと、それに照らされてつやつやしている二つのつきたてお餅がありました。
へいすけとはちざえもん、それからかんえもんは、草の上でもっちりしている二つのつきたてお餅を見つけると、くんくん嗅いで、周りをぐるっと回って確かめました。
それから三匹で頷いて、つきたてお餅の片方をよいしょっと持ち上げて、もうひとつの上にかさねました。お餅が重かったのでなかなか苦労しましたが、何とか乗せることができました。
なお、二分の一の確率ではえある上段に選ばれたお餅はらいぞうお餅です。下のお餅が「おもいよー」と言いました。
重なった二つのお餅のてっぺんに、ぐうぜん持っていた葉っぱつきミカンを乗せて、「かがみもち」の完成です!
三匹はできあがった「らいぞう&さぶろう鏡餅」の前へきちんと座りました。正面にへいすけ、右にかんえもん、左にはちざえもんの順で並んで、そして、いっせーのーで言いました。
「あけましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いします!」
今年も森は平和です。
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