もこもこハロウィンのつづき2

 

 

 さぶろうりんごの芯が埋まった小さな山を、らいぞうは何度ものぞきこんでは確かめました。でも、いつまで経っても何も起こらないのです。
 らいぞうは小さく呼んでみました。
「さぶろう、寝ちゃったの?」
 らいぞうは小さな土の山をぽんぽんと叩いてみました。でもやっぱり何も起こりません。地面へ耳を近づけてみましたが、さぶろうの声は聞こえてきませんでした。
「もう一回掘ってもいい? それとも川からお水をくんで来た方がいい? 芽が出る? 手が出る?」
 いつもだったらこんな風に色々考えているうちに、らいぞうはつい眠っちゃうのですが、今回ばかりはそうはいきません。
「……さぶろう?」
 らいぞうは胸がドキドキしてきました。前にさぶろうがいなくなった時、らいぞうは(家族みんながそうだったようにして)またしても「にんげんにつかまって食べられてしまった」のかもしれないと思いました。でも今回はまさか「らいぞうにつかまって食べられてしまいました」なんてことに……?
 らいぞうは、もう心配で心配でたまらなくなって、小さな山の周りをぐるぐる回りました。他に何も浮かびません。もしかしてさぶろうはもうこの土の下で静かに眠ってしまっているのかもしれません。息をしなくなっているのかもしれません。
「……さぶろ……」
 らいぞうは土の前にぺたっと座りこんで、目をうるうるさせ始めました。それから、小さく丸まってぷるぷる震え始めました。
「さぶろう、さぶろう……た、食べちゃったから……!」 
 らいぞうは小さな手で自分の目をおおいました。てのひらをむにゅむにゅさせると、その間からやっぱり小さなしずくがぽろぽろ零れました。辺りに、ぐすぐすと鼻をすする音が聞こえ始めました。
 その時です。パチン! と手をうつ音がしました。そして大きな声がしました。
「らいぞう! はっ、はっぴーはろうぃーん!」
 らいぞうが驚いて顔を上げると、小山があったところの上に、仔狸の姿のさぶろうがジャーン! と言わんばかりに両手を上げて立っていました。さぶろうはぜえぜえいって、泥まみれでした。
「りんごじゃないさぶろう!」
 らいぞうはさぶろうに飛びついて、それで二匹してころころと後ろへ転げました。
「らいぞう、遅くなってごめんね!」
「さぶろう、心配したよ! すごく心配したよ! 食べてごめんね!」
「違うんだ、らいぞう。ちょっと上手くいかなかったんだよ。本当は芽が出て、木になって花が咲いて、それでわたしが……もういいけど! らいぞう、泣いちゃった?」
「泣いちゃってないけど、もうこういうのいやだ!」
「しないよ! もうしないよ!」 
 二匹はお互いをぎゅうぎゅうしながら、地面の上をごろごろと転がって同じくらい泥だらけになりました。それで汚れちゃったお互いの姿を見て、やっぱりえへへえへへ……と笑いあうと、手を繋いでたーっと駆けて行きました。

 

  

 ところでこのどたばたの一部始終を、遠くから別の二匹が見ていました。
 お話は少しさかのぼりますが、
「今日はお菓子に化けていたずらをする日なんだって!」
 と言ったのがらいぞうだったので、その二匹ことへいすけとはちざえもんは、へえ、珍しいこともあるもんだと思ったのです。
 らいぞうの言う「はろうぃーん」というのはよくわかりませんが、「さぶろうには言わないでね!」と言っていそいそ葉っぱを頭に乗せるらいぞうに、二匹はただ、うんうんと頷きました。らいぞうがとってもやる気のようでしたからね!
 よいしょっとやると、らいぞうは大きなおまんじゅうになって、でーんと野原に落ちていました。
「ばれる」
 とへいすけは言いましたが、現れたさぶろうはらいぞうまんじゅうを見るやいなや、わーっと駆けてきて「いただきます!」と叫んでぱっくり噛みついたのです。「まずい!」とも「なにこれ!」とも言いませんでした。それはもう大喜びで、らいぞうまんじゅうをもぐもぐやり始めたのです。
「せいこうしてる!」
 はちざえもんが驚いて叫びました。へいすけは納得がいきませんでした。
「もうちょっとしたら、わかるかも」
 さぶろうが、らいぞうまんじゅうをもぐもぐもぐもぐやっていると、らいぞうまんじゅうの先の方がうっすらぼやけて、頭のところに緑の葉っぱが浮かんできました。それからまんじゅうの横に耳がちょこんと飛び出しました。
 もうしばらくすると、じっとしていたらいぞうまんじゅうがばたばたと大騒ぎを始めました。まあるい形がなくなって、皮をぺろっと脱いで元のらいぞうになって叫びました。
「さぶろう、さぶろう! ぼくだよー!」
 それでも、さぶろうはもぐもぐを続けました。ぜったい聞こえているのに。
「わかってたな」
「もぐもぐしたいだけだろ」
 その通りでした。

 あんまり馬鹿馬鹿しかったので、二匹は魚を取りに行こうとしていました。
 でもやっぱりやめたのは、さぶろうが頭に葉っぱを乗せ始めたからです。へいすけもはちざえもんも、さぶろうが術を使うところをじかに見たことがありません。ひっかけられたことはいやというほどありましたが。
 二匹がじっと見ていると、さぶろうは首のあたりから素早くりんごを取り出して、らいぞうの前にぽとっと落としました。小さくて赤いりんごでした。らいぞうは目をまんまるにして、草の上に転がったりんごをあぶないものみたいに、ちょいっと触ってすぐに手をひっこめました。
 ただそれだけでしたが、どうやらその瞬間から、らいぞうはさぶろうの姿が見えなくなってしまったようなのです。そうして、手に乗せたりんごをさぶろうだと思ってお話を始めたようなのです。
 さぶろうは変わらずにらいぞうの横へいて、らいぞうがそのりんごを眺めたり透かしたりしているのを楽しそうに見ていました。時々両手を口の前へあてて、りんごの横からこしょこしょと何やら言いました。
「よくわからないけど、なるほどお!」
「あのりんごがさぶろうだな!」
 二匹が頷きあってもう一度前を向くと、そのりんごをらいぞうがむしゃむしゃと食べているところでした。
「ええーーーー!?」
 もしかしたら二匹の考えがまちがっているのかも? でもまちがっていないような気がします。
 慌ててさぶろうを見てみると、さぶろうはさぶろうりんごを食べるらいぞうのおいしそうな顔をうっとりと見ていました。らいぞうまんじゅうをもぐもぐやっていた時とおんなじうっとりでした。
「おえ〜」
 はちざえもんが暑い時のようにべろを出しました。
「うん、おれもおえー」
 さぶろうとらいぞうを見ている時、二匹は時々この「おえ〜」になるのです。ごはんを沢山食べすぎた時のおえ〜にも似ていましたし、腐ったものを食べてしまった時のおえ〜にも似ていました。
 それはともかく、大変なのはここからでした。らいぞうが芯だけになったりんごを土に埋めると、さぶろうはさっと草陰に隠れて地面に穴を掘り始めましたので、二匹はぴんときたのです。
 ――きっと穴を掘って、らいぞうの前の山から飛び出すつもりだな!
 ですが、これが中々うまくいきませんでした。
 さぶろうだってまだ仔狸です。ちょこちょこやったところであんまり土がかけないのです。それはもう必死で土を掘りました。でも自分の体が隠れるくらいにもなりません。さぶろうは自分の力を間違えていたのです。
 らいぞうは、りんごのお墓の周りをうろうろしたり、手でぽんぽんしたり、耳を当てたりして、さぶろうが出てくるのを今か今かと待っていましたが、待ちきれなくなって、不安げな声で「さぶろう」「さぶろう」と呼び始めました。その声を聞いてさぶろうはもっと必死になって土を掘りましたが、やっぱり穴はちょっぴりしか広がらないのです。
 傍から見ている二匹はだんだんやきもきしてきました。そしてらいぞうがべそをかき始めて、さぶろうも掘りながらやっぱりべそをかき始めてからは、わがことのような大騒ぎでした。
「いいからあ! いいからあ! もう出ていけよお!」
「らいぞう、うしろうしろ! 音が聞こえ……もーーー!」
 らいぞうが丸くなって震えながらぐすんぐすんと言い出したところで、やっとさぶろうは諦めて、らいぞうの前へぴょんと飛び出したのです。それを見たらいぞうは飛びついて、二匹でころころ転げました。
 もう、見ていた二匹のほっとしたことと言ったら! 
「もー! ばかさぶろう! よかったよかった……」
「なんか疲れた」
 そんなわけで、二匹は自分たちが何をしようとしたのか、綺麗に忘れていたのです。
 でなければ、さぶろうとらいぞうがそれぞれやってみせた悪戯の大きな違いがわかったのかもしれません。そうして、さぶろうが本当は狸の子ではないことがわかったのかもしれませんでした。
「腹へったな!」
「魚獲ろう」
 へいすけとはちざえもんは伸びをして、隠れていた草陰からぱっと起き上がって駆けだしました。遠くで「おーい」という声と一緒に、かんえもんが手をふっています。二匹は「あいつも誘おうぜ!」と頷きあって、そして川の方へと走って行きました。
 
 これでおかしな悪戯の日のできごとは、全部おしまいです。