もりのおく2

 

 丘で二匹のともだちが待っていました。待つのに飽きた二匹の、ぐるぐるしているしっぽが草の上へにょっと突き出て揺れていました。
 あーあやっぱり怒ってる。さぶろうはそう思いました。おひさまが栗の木のてっぺんに来る前に集まろうねと約束してあったのに、遅れてしまったのです。らいぞうが、よれよれ歩いたからです。
 さぶろうは、今も半分寝ちゃっているらいぞうをぐいぐい引っ張って草の中へ入って行きました。すると、違っていました。
 草陰で、はちざえもんは蝶やら蟻やらカエルやらを本気で追いかけて遊んでいました。それでしっぽがあっちこっちしていました。それから、へいすけは青い空に浮かんだ白い雲を見ていました。何か難しいことを考えているようにも見えました。こころがお空の上にあるからでしょうか。しっぽは、なんとなーく揺れていました。
 わかりやすいはちざえもんは放っておいて、さぶろうはへいすけの視線の先を見てみました。
 白くて大きな雲です。
 へいすけは毛並みの良い黒猫でしたが、ぴちぴちのお魚ではなくって、「たうふ」という四角が好きだというのです。森へ来る前、山道でお腹をへらしてたおれこんでいる時に、にんげんがそれをくれたと言うのです。でも誰も「たうふ」を知りませんでした。へいすけが「白くて、冷たい。たんぱく。でもなめらかだ」と説明をしてくれました。でも、ぴんときませんでした。
「げんぶつを出せよ」
 とさぶろうが言いましたが、へいすけは「そんなのあるか」と言いました。
「絵に描いてよ」
 とらいぞうが言うと、へいすけは手で地面に四角を描きました。それでみんな、四角というところだけは覚えました。
 雲はどことなく楕円です。横へ長いものです。
「あんまり四角くない」
「ちがう。空気中のほこりを見てた」
 さぶろうはどうでもよくなったので、はちざえもんのところへ行って、ひらひらしていた蝶をすばやくバシッとやりました。するとはちざえもんが飛び起きて激怒しました。
「バカ! たたくなよ!」
「お前も遊んでたじゃないか」
「俺はちょいちょいしてたの! 飛べなくなったらどうすんだ!」
 さぶろうはどうでもよくなったので、らいぞうのところへ戻りました。
「らいぞ……」
 らいぞうは寝ちゃっていました。

 
 さぶろうはもうがまんの限界でした。それでらいぞうに飛びかかったのです。らいぞうはやっぱり半分寝ちゃったままでしたが、首とか腕とかをガブガブやられてちょっと痛かったので、そしてさぶろうが遊びじゃないことがわかったので、何とか目を覚ましました。
「らいぞうバカ! らいぞうバカ!」
「さ、さぶろうが、バカ! もー! もー!」
 二匹はしばらくもみくちゃになって、ごろごろ草の間をころげていました。
「おちつけおちつけ」
 はちざえもんが二匹をはがしたのはケンカを見ているのに飽きたからです。
「らいぞうが何したの」
 とへいすけが聞きました。 
「今朝からずっとこうなんだ。寝ちゃってばっかり! だから遅れちゃったし、わたしも怒るよ!」
「そうなの、らいぞう」
「うん……」
「ほらあ!」
 さぶろうはふーん! とふんぞり返りました。らいぞうはまだ眠そうに目をごしごししました。
「お前そんなに寝るっけ」
「らいぞう、なんで眠いの」
「うん、昨日、さぶろうがずっと僕のお腹もこもこするんだもん」
 途端にさぶろうがぎくっとしました。汗がだらだら出てきました。
「くすぐったくて眠れないよお」
 らいぞうが言うのは、夜のことです。
 さぶろうとらいぞうが丸くなって一緒に眠ってるのは前にもお話ししたことですが、その時、さぶろうはらいぞうのお腹の上へ顔をのっけて眠るのです。さぶろうは、らいぞうのお腹の上をとても気にいっているのです。
 らいぞうは大分おおざっぱな仔狸でしたので、りんごを食べた後なんかに手が濡れていると、お腹の毛でごしごしやっておしまいにします。毛づくろいもあんまりしません。それでいつもお腹のところからりんごのいい匂いがしていました。
 もちろん、つい触ってつぶしちゃった変な虫の汁だとか、なんとなく食べてみておえっとやった苦い草の液だとかがついている時もありましたが、そういう時さぶろうは一晩我慢して、次の朝に二匹で川へ行くのです。らいぞうのお腹のところを念入りに洗ってから、おひさまの方を向けて乾かして、ふかふかになったらできあがり。それでその晩から、またいい匂いのするお腹の上で眠れます。
 さぶろうが好きなのは、ふかふかしているところやいい匂いがするところだけではありません。らいぞうのお腹はさぶろうのお腹よりもちょっとぽっこりしています。さぶろうは化けている時毛皮の下に詰め物をして誤魔化していましたが、それはともかく、さぶろうはそのぽっこりが寝息に合わせて上下するのが好きでした。
 らいぞうのお腹についてとても沢山になりました。でも、これはさぶろうのこだわりなので、けっしてとばすわけにはいかないのです。
 さて、そんなわけでさぶろうは昨日の夜もらいぞうのお腹の上へ頭をのっけて眠っていました。夜もふけてくると、らいぞうは「うーん」と言って転げて、さぶろうをどかしてしまいましたので、そうすると、今度はさぶろうは、横になったらいぞうのお腹のところへ顔をうずめました。
 でもこの時いつも困りものなのが、ついつい「もこもこ」してしまうこと。「もこもこ」とは、お腹を手でもこもこと押すことです。時々らいぞうが目を覚まして、「さぶろう、もこもこしてない?」と聞きます。さぶろうは何食わぬ顔で「してないよー」と言いますが、どんなに(あぶないあぶない。気をつけなきゃ)と思っても、寝ぼけている時なんかはどうしてももこもこしてしまうのです。自分でも気がつかないうちに、もこもこやっちゃっているのです。
 つまり、どうやら昨日の夜は大分やっちゃったようなのです。
「お前が悪いんじゃん」
「さぶろう」
 はちざえもんとへいすけがじとーっと見てきたので、さぶろうは慌てて取りつくろいました。
「し、してないよー! それよりさあ、らいぞうが、わたしの頭食べるからさあ!」
「えー? 食べてないよぉ」
 さぶろうは両手をぶんぶんと前後へふりながら、じぐざぐで速足に歩き始めました。らいぞうはその後を追いました。
「夜中に、頭のとこ、もぐもぐするからさあ!」
「もぐもぐしてないよぉ」
 さぶろうは、手でちょいちょいやって頭のてっぺんの毛をかきわけました。やっぱり速足でへいすけに近寄って、ぱっとしゃがんで頭のてっぺんを見せました。
「ここんとこちょっとはげた」
「食べてないよお」
 すぐにはちざえもんのところへ行って、また同じようにてっぺんを見せました。
「ちょっとはげた」
「食べてないったらあ!」
 二匹はじぐざぐ早歩きで追いかけっこを始めて、へいすけとはちざえもんの間で、長いあいだ∞(むげんだい)を描き続けました。
 へいすけとはちざえもんは空を見ていましたが、しばらくすると、はちざえもんが「俺もー」と言って∞(むげんだい)加わり、それからへいすけも「まあまて」と言って輪のひとつに吸い込まれました。四匹でまた長いあいだ∞(むげんだい)を描き続けました。
 そのうち、らいぞうがふらふらし始め、動きが少なくなって、ぱたっと倒れました。さぶろうはすぐに気付いて、じぐざぐ早歩きのままらいぞうへ引き返しました。
「らいぞう、らいぞう、どうしたの?」
「……ねむい……」
 あほな遊びをしていたばっかりに、らいぞうは力尽きてしまったのです。まだ仔狸ですからね。さぶろうは、急にやさしくなって、もう半分眠っているらいぞうの頭をなでなでしてあげました。
「らいぞう眠いんだから、しかたない。寝ていいよ。寝ててもいいよ」
 さぶろうはらいぞうが風邪をひかないように、らいぞうの上へ、集めてきた木の葉をせっせと乗せました。山で見つけた食べ物だとか宝物を葉っぱの下に隠しているのにちょっと似ていました。それで沢山つみあげてみると、らいぞう形の葉っぱの小山ができました。
「中くらいのらいぞうの形」
 さぶろうがにこにこして呟くので、へいすけとはちざえもんも振り返って見てみましたが、なんのへんてつもない葉っぱの山でした。
「ふつうのはんげつ」
「ふつうのオムレツ」
 さぶろうは、時代設定よりもらいぞう小山がほかの小山とわからなくなってしまうことが気になりました。くんくんしてみればわかることですから、ほんの少しですけどね。
 さぶろうは何気ないふりをして、さっとらいぞう山へ引き返して、その前へブタクサをいっぽんおきました。そして満足した様子で、そろそろうんざりの二匹のところへ戻り「りんご取りに行こう」と言いました。もちろんりんごを取りに行きます。