※本当に大したことはないのですが一応残虐描写注意……?
蛸の足
よくある夢の話。
上も下もわからぬような、ただまっ白な世の上へ、各々武器を持ち寄って、先輩方や後輩や、教師や剣豪、ありとあらゆる既知の人物らが、向かって顔を合わせては挨拶代わりに斬り合った。
肉は裂け、血は流れたが、死がみんなあまりにも滑稽だったので――転がった首が乾いた声で「わーいたいー」とか言っていたもので、たとえば余すことなく不死者となって行う突然の予行演習であったとしても、もう少し真摯に臨めないものだろうかと問いかけたい気持ちではあった。私が言えたことじゃあないが。
それで私はまあ斬った。
級友を斬って、血しぶきの向こうより三分の一になったのに馬鹿でかい声で「この野郎! 覚えていろよお!」と叫ばれた。いやあ、目が醒めたら私は覚えていないだろう。うん忘れる忘れる。(しかし奴はどこから声を出していたのか?)
後輩の場合はこちらが刀を振り上げているのに、ぱっちり開いた目で見上げてきて「鉢屋先輩、もちろん斬りませんよね?」なんて、実に冷静だった。彼は実に見所のある少年だが、それは関係のないことなので私は斬った。ねえ、夢なのだ。目が覚めたら(たぶん君にとっては意味のわからない)お詫びのまんじゅうなどあげるから。
あちらこちらで喧嘩の延長と、あからさまな日ごろの鬱憤晴らし、あるいは何故だか知らない爆笑と突然の落下と共に、血しぶきやら唾やら汗やら涙やらが飛んで、阿鼻叫喚というにはやや真剣味の足りない残虐の、まさしく出血大サービス。
それで、こう言っては何だが、「案の定」雷蔵が私の前へ現れた。
もう夢の中の私もお待ちかねというような具合で、いつ来るか、今来るかと構えていたので脇の下が随分しっとりとしていた。途中で大分血を浴びたのでそれもわからなくなったが、ともかく。
「三郎」
と雷蔵は言ったようだが、何故だか声が遠かった。この状況のわりに雷蔵は逼迫していた。斬らなければ斬られるという顔をしていた。私は呼び返した。
「雷蔵」
――斬らないよ、雷蔵。
そう思いながら、首を振って、笑って見せて、そして手を振り上げた。
だが、どれも無意味なことで、雷蔵は私の様子に頓着していないようだった。彼はとにかく斬らねばと思っている。私がどう言おうと動こうと関係のない様子だ。信用されていないのかのしれない。悲しいなあ。
ところで、雷蔵の方も頭からびっしょりと赤いやつを浴びていた。得物は私のよりもやや太く、野党やら足軽党やらがぶら下げている円月に似て、水軍のお頭あたりから獲って来たものかと思われた。しかし広い刃の一面が何重もの赤茶に濡れてぬめぬめとして、油で鈍く光っていたので仔細はよくはわからない。
ただ、これは痛いぞ。斬られれば痛い。
「やあ随分やって来たな。こんな時に言うのもなんだが、私は君を少しあなどっていたようだ。なるほどね。もっと、早くに先の話をできるかもしれない……なんて言ったところで、これ夢だけど」
「三郎」
困ったことに雷蔵は、これしか言わなかったのだ。先に言ってしまうと興醒めだが、とにかく「三郎」以外の言葉なし。もっとあるんじゃないかとは思った。私主導の夢ならば、跪いて懇願する雷蔵や、泣いたり怯えたり、どこか狂気じみたのだったり、もっと色々な雷蔵の姿が見られてもおかしくないのだが。
「三郎」
「ああ……うん。そうだな。万が一ということがあるからな。死ぬのは嫌だよ」
私は手を振り上げた。向かいの雷蔵も同じく。それで半分ほど腕が上がった時に、こちらの手だけが水揚げされた蛸のようにして、ぐにゃりと力を失った。
動かないだとか、体中が強張ってぶるぶると震えるだとかではない。ただ、へなへなと力が抜けて、どうあってもどうあっても、振り下ろすことはもちろん、振り上げることすらできないのだ。その時私は間の抜けた顔で、あれっ? うん? と呟いて、ふらふら揺れていた。
夢なのだ。怒りも憎しみもない。夢の中だとわかっている。何の隠喩でもない。誰もが経験する夢という形での発散と昇華のひとつ。決してとりかえしのつかないことなど起こらない。
確かにそう思っていたのだが、万にひとつということがある。死ぬのは嫌だ。君が、雷蔵。
「……ああ、わかっていた。できない。どうしても、どうしてもできない! 雷蔵! すまない雷蔵、やってくれ!」
「三郎」
「雷蔵おお!」
――というわけで私は雷蔵に斬られてしまった。
痛みはなかった。しかし割れた私の中から噴き出した血が、雷蔵を赤く染めた。こちらの視界も一面赤くなり、残念なことに雷蔵がどのような顔をしていたのかが見えなかった。顔を見たかったのだが、雷蔵の顔を、見たかった、のだが……――
朝が来て、私はすこやかに目覚め、「うーん」なんて言いながら背のびをした。ぴんぴんとしている。もちろん生きている。そりゃあそうだ。惚れた相手の口も吸えぬまま死ぬだなんてそんな馬鹿な。
見ると、くだんの雷蔵は隣ですやすやと眠っている。口をむにゃむにゃいわせて、それで私の名を呼んだようだった。私は顔を近づけて囁いた。
「大丈夫だよ、雷蔵。夢だからな……」
「さ……さんま……」
少しだけ泣いた。おお、酷いな。そりゃないだろう。
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