S1

 

(晴天。昼の鐘が鳴っている。忍術学園の校舎横を歩く鉢屋と不破)

(不破、自分の前髪をちょいちょいと触り気にしている。鉢屋、物珍しげにそれを見ている)
(不破、見返って鉢屋の姿をまじまじと見ながら)
「今日僕こんな髪してたっけなあ」
「してる」
「さっきお前の姿見で見たけどさ、こんなにふわふわしてた?」
「このまんまだよ。ふわふわの不破雷蔵」
(鉢屋、確かめるふりをして後ろへ手をやる。不破の髪をそっと膨らませる。不破、首を傾げながら)
「風に吹かれたからかな」
(鉢屋、不破の髪へ手を加えながら)
「かもしれないな」
「うん。まあ、お前が言うならそうなんだろうけど」
(鉢屋、微かに目を開く。笑う。よろけたふりをして不破の肩へ手をやりながら)
「ああ、なんだか歩くのが億劫だから雷蔵に歩いて貰おうっと」
(不破、笑って)
「こら、よせよ。くすぐったいんだよ」
「えー、いいじゃないか。なあ……」
(鉢屋、不破に何事か囁く)
「ああ、うん……そうだな」
(二人目を合わせる。同じ方へさっと目をやる)
(一瞬の沈黙)
(不破、笑って)
「三郎、ちゃんと歩けよ」
(鉢屋、不破にのしかかったまま)
「やだね。私は今君の髪なんだ。邪険に扱うと禿げてしまうかもしれないぞ」
「いいから早く歩けって。食堂に遅れる。また豆腐になる」
(鉢屋、興味のない様子で)
「ふうん」
「あれ、お前豆腐でいいのか?」
(不破、鉢屋を見るとそこに潮江文次郎の顔)
「今われ清き食を受く。謹んで食の来由を訪ねて味の濃淡を……」
「わっ」
(不破、鉢屋を突き飛ばす。鉢屋、すばやく不破の顔へ戻って)
「酷いじゃないか」
「お前の顔以外で近寄るからだろ!」
「ごめんごめん」
(鉢屋、泳ぐようにしてまた不破の肩へ手をやる。不破、溜息)
「もう、眉をしかめながら食べてたくせに」
「竹谷の真似だもの」
(不破、ぱっと鉢屋へ振り返る。二人見つめ合う)
「……」
(鉢屋、変わらない)
「どうした?」
「次はあいつかなと思って」
「ずっと君だ」
(不破、拍子ぬけ。鉢屋、やはり表情変えず)
「ずっとじゃないだろ」
「他に化ける時以外はずっと」
(不破、うーんと考えてから前へ。困った風に)
「それはそうだけどさ。豆腐はなあ」
(鉢屋、もっともだと頷きながら)
「確かに。そろそろ“豆腐召せ”じゃなく“豆腐小僧滅せ”だな」
(不破、ん? と考えて)
「ほら、やっぱり嫌なんじゃないか」
「当然だ」
「なら何でさっき誤魔化したんだよ」
「君が意地悪を言うからだ」
(不破、むっとして顔を近づけて)
「言ってないだろ」
(鉢屋、待っていたとばかり。唇を前へ突き出して)
「仕返しをしよう」
「こらっ! 本当に怒るからな!」
(二人、じゃれあう。四本の手でしばらくの攻防)
(不破の手が鉢屋の首へかかる。不破、ふと手を止めて気まずい顔)
「ここ」
(鉢屋、軽く笑って)
「取ってもいいぞ。まだ次がある」
「ああ、そうか。でもなあ……うーん」
(不破、悩み始める。鉢屋、見つめている)
「うーん……」
(不破、手をかけたまま悩んでいる。鉢屋、見つめている)

 

(二人、そのままで静止。他の生徒たちが二人を横目に通り過ぎていく)
(四年生の三人、足早に。綾部、地面の蟻を見ている。滝夜叉丸と三木ヱ門、口論をしている。二手に分かれて避けていく。三木ヱ門、ちらりと不破に目をやる。鉢屋、そしらぬ顔。不破、悩んでいる)
(竹谷、駆けてくる。片手に虫取り網。立ち止まって駆け足)
「なんだ? 考え中か!」
「そっちは」
「また逃げた!」
(走り去る。鉢屋、適当に片手を挙げて)
(一年は組じょろじょろ、ちらちら見ながら通りすぎていく。兵大夫と三次郎、顔を近づけてこそこそ。乱太郎、不破に気付いて不思議そうに)
「あれっ、不破先ぱ」
(きり丸、乱太郎の袖をぐいっと引っ張って)
「よせよ、乱太郎」
「えっ、何で?」
「不破先輩の顔をしている鉢屋先輩、こんにちはー!」
(鉢屋、さわやかな笑顔で)
「やあ、しんべヱくん」
「しっつれいしまーす」
(きり丸、前だけを見ている。右手で乱太郎の手、左手でしんべヱの手を引いて退参)
(遠くで七松、何か叫びながら走り抜ける。煙が舞う。潮江、煙を払いながら。立花、涼しげな顔で)
「あいつは何とかならんのか」
「知らん」
(立花、気付いて立ち止まる。鉢屋、ぴくっと眉だけを動かして。立花、二人を見ながらぐるっと一周)
「ほーお」
(歩き去ってゆく。鉢屋、表情を変えない。不破、悩んでいる)

 

(鉢屋、ふっと何か気付いた様子。不破の耳元へ)
「君に剥がれるのは新鮮だなあ」
(不破、ぱちっと目を開けて)
「なんだよそれ」
(不破、何度か瞬き。夢から醒めたように。不破、体を離して鉢屋を見つめ返す。鉢屋、何事もなかったように)
「どうする、雷蔵。やめておくか」
「よし、やめた!」
「やれやれ」
(二人、歩き出す。しばし無言)

(不破、髪を気にして。鉢屋の前髪に触りながら)
「本当にこんな髪だったかなあ」
(鉢屋、後ろで不破の髪を膨らませながら)
「いつも通りだな」
「風のせいかな」
「風だろうな」
(鉢屋、ついと首で前を促す。不破、目をやる。鉢屋へ視線を戻す)
「三郎」
「ああ」
(二人、同じ拍子で瞬く。屈む。次の瞬間、風のようにして消える)

 

(終)

 

※前方に食堂へ行く火薬委員会を見つけたようです。