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もこもこハロウィンのつづき
らいぞうは、さぶろうのヨダレだらけになりながら、なんとか化けの皮を……いえ今回は大きなまんじゅうの皮を脱いで、体を半分起こしました。
「さぶろう、さぶろう! ぼくだよー!」
さぶろうはうっとりしながら、まだらいぞうの背中のお肉をもぐもぐやっていましたが、大きな声をかけられたので、ちらっと片目だけ開けました。
「あれっ、らいぞうだ」
「うん! だからもうもぐもぐするの終わりにして!」
「まんじゅうだと思って」
「ぼくが化けてたんだよ! もうもぐもぐ終わりにして!」
らいぞうは大分必死でした。本当に食べられてしまうような気がしたのです。らいぞうはまだ小さくて、大人の狸ように上手く食べ物の味まであやつることができません。きっとさぶろうは、すぐに甘くないことに気付いて、ぺっとやるだろうと信じていました。あんこだって入っていませんし。
さぶろうが「いただきます!」とらいぞうまんじゅうに飛びついてきて、ぱっくり噛みついたのまでは想像通りでしたから、らいぞうはしめしめと思いました。でもその後がいけませんでした。さぶろうは「まずい!」とも「なんだこれ!」とも言わずに、おいしそうにもぐもぐやり始めてしまったのです。
――もしかすると、術が思いのほか上手くいっているのかも?
でも、らいぞうはいつガブリとやられるかと気が気ではありませんでした。何故だかさぶろうが、牛のようにしていつまでもいつまでももぐもぐやっているだけだったのが幸いでしたが。
とにかく、悪戯はたぶん成功です。
「驚いた?」
らいぞうは背中に手を伸ばしてさぶろうのヨダレをぬぐおうとしましたが、届きませんでした。なんだかべたべたしています。毛づくろいをしてもらった時とはちょっと違います。
「うん。驚いたよ」
さぶろうはさらっと言いました。
「おまんじゅうだと思ったでしょ」
「うん。おまんじゅうが落ちてると思った」
「ちょっと大きくなかった?」
「大きなおまんじゅうが落ちてると思った」
らいぞうは、おかしいぞと思いました。さぶろうが早口です。
「さぶろう、嘘ついてる?」
「ついてないよー」
「……」
らいぞうは黙りました。さぶろうが、時々らいぞうを喜ばせようとして嘘をつくことを知っています。きっとうまく術ができていなかったのです。でもそれをらいぞうに知られまいとしているのです。らいぞうは嬉しいような、悲しいような気持ちになりました。
らいぞうが黙って歩いていくと、さぶろうはらいぞうの横を、右へ行ったり左へ行ったり、うろうろしました。それで、口をもごもごさせた後で、小さく言いました。
「……もぐもぐしたかっただけ」
「なに〜?」
「らいぞうを、もぐもぐしたかっただけ!」
さぶろうはちょっと赤くなりました。
「何で?」
「近づいたららいぞうだってわかったよ。でも、大きなおまんじゅうのらいぞうがふかふかで、おいしそうだったから、食べてみたかったんだ」
「おいしそうだった?」
「うん。おいしかったよ」
「えっ、味したの?」
「まーあーね」
らいぞうは嬉しくなって、にこにこしてさぶろうの手をとりました。さぶろうもぎゅっと握り返して、二人は手をつないだまま歩きました。
「えへへ」
「えへへ……」
「そうだ。さぶろうも化けるのやってみてよ」
「えっ、う、うん! いいよ!」
さぶろうは何かを想像したようでした。それで、何故だかとても赤くなりました。ちょっとだけもじもじしていましたが、地面からとがった葉っぱを一枚抜いて頭に乗せて、素早くえいやっとやりました。
すると、さぶろうは真っ赤なりんごになって地面にぽとっと落ちていました。
「さぶろう……?」
さぶろうはりんごでした。木の上から落ちてくるのとおんなじで、らいぞうの手に乗るくらい小さなりんごでした。らいぞうはおっかなびっくりで、ちょんと指でりんごをつっつきました。
「さぶろうなの?」
「うん」
小さな声でりんごが答えました。
「食べてもいいよ……甘くて、おいしいよ……」
らいぞうはりんごを拾って、まじまじと見てみましたが、どこから見てもりんごでした。赤くて、つやつやで、いい匂いがします。
「らいぞう、召し上がれ……」
と、さぶろうりんごはやっぱり小さい声で言いました。
「だって、さぶろう痛いでしょ。おいしそうだけど、食べたいけど、痛いしなあ」
「痛くないよ……食べていいよ……」
「ほんと?」
「うん。大丈夫……あっ、でもあんまり強くがぶっとやらないでね……」
「わかった」
らいぞうはもう一度くんくん匂いを嗅いでから、思い切ってがぶっとやりました。
「いたい!」
さぶろうりんごが叫びました。
「おいしい!」
らいぞうは叫びました。
ちゃんとりんごの味がしました。甘くてみずみずしいりんごでした。らいぞうはもぐもぐ味わってから、あっと気付きました。
「あっ、ごめんね、さぶろう。がぶってやっちゃった。でもおいしいよ!」
「いいよ……らいぞう、全部食べてもいいからね……」
「やだよ。さぶろうがなくなっちゃうよ」
「なくならないよー……」
「なくなったらいやだから、半分だけ食べるね」
「なくならないよー……」
らいぞうは、結局全部食べました。おまんじゅうになってさぶろうを待っている間にお腹が空いてしまっていたのです。
それで、らいぞうのお腹はさぶろうりんごでいっぱいになりましたが、芯だけになったさぶろうりんごを見ていると、なんだか悲しくてたまらなくなりました。
「さぶろう、ごめんね……」
「気にしないでいいよ、らいぞう……わたしを地面に埋めてみて……」
らいぞうはうんと頷いて、地面へ向かうと、ちょこちょこと穴を掘ってそこへさぶろうりんごの芯を埋めました。
「ちゃんと土をかけてねー……」
「さぶろう。寝ちゃうの?」
「違うよ。すぐにまた会えるからね……」
らいぞうは土をかけて、ぺちぺち叩いて固めました。それから座って、ちょっとだけ盛り上がった土の前でひざを抱えて待ちました。
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