コメディです。タイトルには意味がありません。
 
一部都市伝説の「マイナスドライバー」を改定して引用していますので先端恐怖症の方はご注意下さい。

 

 

一年は組は11人いる!

 

  
 肝試しとか言ってると生きてない人の肝が出てきちゃうからマジで、とたとえ賢明な者が止めたとしても、「え? 怖いの?」「玉ついてんの?」「空気読もうか!」で流される一種正義の名の元に、血天井の下、用具倉庫の中では多くの忍たまたちがその手に蝋燭を持ち寄って、ひそひそと怪談を続けていました。
 ところで発起人である立花先輩はそろそろ我慢の限界でした。
「化け物だと思ったらバケ文次郎だったというオチは今後一切禁止する! 夜中の斜堂先生も同様にだ。あの人はああいう生き物だと理解しろ。また、『山田先生の顔』と口にした者は後で首実検の手伝いをして貰うから覚悟しておけ」
「そんなこと言っても仙ちゃんさあ、もう九十七まできちゃってるんだから」
 もう蝋燭を持たない七松先輩が暗闇の中でたぶん口を尖らせましたが、立花先輩はあからさまにスルーしました。「新しいバレーボールなのにすぐ割れる」という不思議なお話をしてくれた七松先輩なのに。
「長次が喋ったという話も控えろ。長次はいつだって普通に喋っている。現に今も。きり丸、長次は何と言っているんだ?」
「ええーとですね……『早くここから立ち去った方がいい』……と仰っています」
「ほらみろ。わかったら、次の者はさっさと話せ!」
「わかりました」
 と言って、蝋燭の火を顔の前へ掲げたのは鉢屋三郎でした。
「何だ、鉢屋か」
「いけませんか」
「いいや」
 二人は180度顔を背けて会話をしました。話しかけられた形の善法寺先輩は「え、善法寺だけど」と言いました。不破雷蔵は「今はダメ」と答えました。
 

<九十八>
 

 ほとんどの生徒が話を終えて蝋燭を吹き消していたので、残り三本の光だけで辺りは暗く、実際誰がどこにいるのか、一体ここへ何人いるのかもわからない具合です。
 三郎は掴みに入りました。
「あれは私とこの作法先輩……ふたりきりの鬼ごっこをしていた時のことだった。命がけで」
「こわっ!」
 蝋燭のない二年生が身を寄せ合って叫んだため、三郎はそちらの暗闇を見て頷きました。
「消しまーす」
 偶然にも三郎は最近省エネについて考えているところでした。率先して実行に移してみたのですが、時代が少し早いようです。
「えー!? 仙ちゃんと何してたのか私は聞きたーい!」
「喋るなら最後まで喋らんか!」
 ブーイングが飛びました。
「聴衆はこう言っているが」
「では続けましょうか……」
 三郎の溜息で蝋燭の炎がゆらりと揺れました。
「あらゆる場所を駆け抜けて、互いに技を競ったが、途中でこの人の気配がふっつりと絶えてしまった。私はその時射的訓練上へおり、弾よけの衝立の陰へ隠れていた。知っての通り衝立には火縄銃を通すか、あるいは向こうの敵を覗き見るための穴があいていて、例によって私もそれを覗いて辺りを確かめた。一度目は穴の向こうに人影はなく、静かなものだった。それで少し待って、二度目に覗こうとした時直感があり身を引くと、次の瞬間穴からはキリの先が飛び出してきて、何かを突き刺そうと無茶苦茶に動いていた」
 ここで初めて立花先輩が三郎へゆっくり顔を向けました。立花先輩はそれは綺麗に笑いました。三郎も笑い返しました。
「あの時は悪かったな」
「危うく変装ができなくなるところでしたよ」
「どこか欠けてからがお前の腕の見せ所だろう! ハッハッハッ」
「あっ、仰る通りですね。気づきませんで! ハッハッハッ……じゃあ蝋燭消しまーす」
 涼みに集まった者たちの体は確かに震えました。また「もーやだー。こういう殺伐かんべんー」と言った人からぐっさりいかれそうだったので、みんな黙って善法寺先輩に期待していました。
 不運で生命力の強い善法寺先輩は、視線を感じて頭から幾つか「?」を出しました。それから消えた蝋燭の煙を集中的に浴びて、「まただよもう!」と咳きこんでいるだけでした。
 

<九十九>
 

「次は誰だ」
「あっ、僕です」
 手を挙げたのは不破雷蔵でした。もう片方の手で蝋燭を持ち、その手に三郎がそっと手を添えていたので、キャンドルサービスが始まる予感だけがしました。
「ええっと、あれは僕が五年生の時で……つまりこの間のことなんですが、夜中寝ていてふと気づいたら、体の上へどっしりと重いものが乗って来て、そのままずりずりと顔の方まで上がって来るんです。目を開けてみると黒くて大きな影のような形をしていました。僕は誰だか確かめようとして……でも、部屋はそんなに真っ暗ではなかったのに、どんなに目をこらしても顔があやふやでわからないんです」
 雷蔵の横から食満先輩が顔を出しました。
「つまり鉢屋だろ?」
「いえ、違います。三郎はその時僕と抱き合って寝ていました。黒いのは僕らの上にいて、分身でもしない限りは僕と三郎以外の誰かであることは間違いなかったんですが、どうしても僕はあれが人だとは思えなくて……今思い出してもぞっとします。なあ、三郎」
「ああ、面白くなかったな」
「お前が相手の気配を読めなかったのか」
 潮江先輩が三郎の横から顔を出したので、食満先輩と潮江先輩は偶然にも見つめ合う形になりました。
「ええ。気がついたら上にいたもので」
「だったらそりゃあ……」
 食満先輩は立てた親指で喉笛を切る仕草をしました。
「間違いないな……」
 潮江先輩は同じく立てた親指を逆さにして地面へ落とす仕草をしました。途端に二人の姿が蝋燭の火で照らされた視界から消え、後ろの方が事故のようにやかましくなりました。「僕は寝ていない!」と騒音に押されたようにして、たぶん三年生の誰かが叫びました。
「いい所だったのに無粋な奴め。絞め殺してやろうかと思ったよ」
「そんなこと言っても、たぶんもう相手は死んでるんだからさ、三郎」
「まあそう言われたらそうだな、雷蔵」
「三郎」
「雷蔵」
 蝋燭の炎がぽっと丸く、二つの顔を照らしていました。
 暗闇の中ではまだ地鳴りのような音が響き、時折はあはあと荒い息づかいが聞こえています。あらゆることが「突っ込んだら負け」の様相を呈していました。
 

<九十九>
 

 二人がたっぷりと見つめ合っているのを皆黙って見ていたわけではありません。ご存じの通り三郎と雷蔵にはふわふわと形容される、冬暖かく夏場は見ているだけで胸糞の悪い多量の髪が生えていました。
 蝋燭の火が揺れる度に聞こえない声で合唱がされました。燃えろ……その髪綿のようにして燃えろ……蝋燭の火、燃え移れ……――まあ燃えませんでした。
「吹くか、雷蔵」
「うん。じゃあ一緒に」
「みっつ数えたら吹こう。ひい、ふう、み」
「待った! 思ったんだけど、この話じゃあ何もかもが曖昧だよ。気のせいだったかもしれないし人だったかもしれないし二人一緒に見た夢だったかもしれない……怖い話になるのかなあ……」
 さっきからパタパタと紙のしなる音がしていますが、それは中在家先輩が立花先輩に風を送っているからです。立花先輩の導火線には今にも火が付きそうでした。
「他にはどんなのがあるんだ?」
 三郎に優しく促された雷蔵は何の疑問も持たずに仕切り直しました。
「ええっと、他かあ。ああ、そうそう……あれは僕が三年生の頃、秋休みで実家へ帰った時でした。その頃には僕と三郎はすっかり仲良しで、休みとはいえお互いに離れ難くって帰ることも躊躇われるくらいでした。そして実家で七日だけ過ごしたら学園へ戻って、残りの休みは決して離れずに過ごそうと約束をしていました。ところが思うようにゆかず、僕は約束の七日では戻れなくなってしまったんです」
「ああ、あるな! 突然の事件が!」
 立花先輩には「下級生が素でボケている時には嫌でも終わるまで付き合わなくてはならない呪い」がかけられていました。
「まあそんなところです。僕は一日が終わると布団の上でそっと呟きました。三郎、元気でやっているか、寂しくないかって。すると布団の下から『元気だよ。寂しくないよ』って声がしました。僕は驚きましたが、きっと同じようにして僕を呼んでいる三郎の魂だと思いました。そうしてかれこれ十五日ほどして、僕はとうとう耐えきれなくなり囁きました。『三郎出てきておくれ、お前の姿が一目見たい。どんな姿でも構わないから』。すると土間の下から三郎がにこにこしながらはいずり出してきて、『実は最初の日からずっと隠れていたんだ』と……」
「お前たち別れろ」
「この学園から出ていけ」
 真剣に聞いていたのにオチがのろけだった時人は人を殺せます。初めから最後までそうだった時も殺せます。
「何を言うんだこの人たちは。先輩とはいうものの全く大人げのない」
 三郎は恋人のいない男はこれだからという顔をしました。
「でもあの時は驚いたよ。ついて来ているなら最初から言ってくれればいいのに」
「君の驚く顔が見たくって」
「まあ驚いたけどさ。ああ、でもこの話も怖い話なのかなあ……僕にとっては大切な思い出の一つだからなあ……」
「じゃあ他のにすればいいさ」
 雷蔵は何の疑問も持たずに仕切り直すことにしました。